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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和57年(ネ)149号 判決

控訴人

五十嵐常治

右訴訟代理人

杉原英樹

被控訴人

右代表者法務大臣

住栄作

右指定代理人

服部勝彦

外六名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が、昭和五二年一一月一五日福井ボイラー工業株式会社に対し原判決別紙物件目録記載の土地及び建物(以下「本件資産」という。)を売渡したこと、控訴人は昭和五三年三月一五日福井税務署長に対し昭和五二年分所得税について原判決別表(一)のうち「確定申告」欄記載のとおり確定申告をしたが、右確定申告中本件資産の売却に伴う分離短期譲渡所得については譲渡損金九五万六二〇五円(その算出明細は同表(二)のうち「確定申告額」欄記載のとおり)を申告したところ、同月三一日金一四万八三〇〇円の還付を受けたこと、ところが、同税務署長は同年一二月ころ控訴人に対し前記分離短期譲渡所得について譲渡所得の計算上本件資産の譲渡価額より控除すべき取得費には控訴人が確定申告において取得費中に加算した借入金利子金四〇九万一五四一円を加算することは認められないなどを理由に修正申告をするよう指導したこと、右指導に応じて、控訴人は同月一九日同税務署長に対し同別表(一)のうち「修正申告」欄記載のとおり修正申告(右修正申告中の本件資産譲渡益金二七五万三三三六円の算出明細は同別表(二)のうち「修正申告額」欄記載のとおり)をし、これより先きの同月一三日所得税額金九四万七九〇〇円、加算税額金四万七三〇〇円及び延滞税額金一〇万五五〇〇円合計金一一〇万〇七〇〇円を納付したところ、昭和五四年一月二三日過納分として金五万三八〇〇円の還付を受けたこと、更に控訴人は右修正申告には計算上の誤りがあるとの同税務署長の指導に基き同年八月二七日同別表(一)のうち「再修正申告」欄記載のとおり再修正申告をし、これより先きの同月二五日所得税額金三〇万一三〇〇円を納付し、さらに同年一一月一九日延滞税額として金一万六七〇〇円の納付をしたこと、以上の各事実は当事者間に争いがない。

二〈証拠〉によると以下の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  控訴人は、昭和四七年一一月二〇日塩田岩太郎から本件資産を代金一一〇〇万円で買受けたのであるが、右購入資金がなかつたので、同月二五日右代金に充てるため福井銀行から本件資産に担保を設定して金一一〇〇万円を、同年一二月以降一八ケ月間毎月割賦返済の約定で借受け、同日右借入金で代金一一〇〇万円を塩田岩太郎に支払つた。そこで、控訴人は昭和四七年一一月二五日塩田岩太郎から本件資産の所有権移転登記及び引渡を受けた。

2  控訴人は当初本件資産を自らの住居とする予定であつたが、父母が転居に反対したので同年一二月初旬五十嵐正明、智子夫婦をそこに入居させ、以後無償で使用させていた。

3  控訴人は福井銀行に対し前記約定により割賦金を弁済していたが、昭和五二年一一月一五日福井ボイラー工業株式会社に本件資産を代金一四五〇万円で売渡した右売却代金のうち同月五日右会社から受領した手付金一五〇万円を同日に、また同月一五日同会社より受領した残代金のうちから金四八四万円を右銀行に対する借入金の残元利金として弁済した。その結果控訴人の銀行に対する支払総額は金一五〇九万一五四一円となり、内元金充当分金一一〇〇万円、利息充当分金四〇九万一五四一円である。

4  同税務署長は、前記控訴人のなした確定申告に基き過納金の還付をなしたが、昭和五三年一二月初旬に至り、本件資産取得のための借入金利子は取得費中に算入できないとして控訴人に対し修正申告をなすべき旨を指導し、これに応ずることをしぶつた控訴人に対し、これに応じなければ税務署長において更正のうえ差押えもあり得る旨告げた。そこで控訴人は同税務署係員の指導に基き確定申告時の不動産譲渡損金九五万六二〇五円を譲渡益金二七五万三三三六円に修正する内容の修正申告をなし(右譲渡益金の算出明細は原判決別表(二)のうち「修正申告額」欄記載のとおり)、前記のとおりの税額を納付したが、その後前記過納金の還付を受けた。

5  ところが更に、控訴人は昭和五四年八月上旬同税務署長から前記修正申告における税額計算上の誤りを理由とする再修正申告の指導を受けるに及び税務署の度重なる先後喰い違いのある取扱い指導に不満をいだきながらも、税務署係員の指示どおりの前記のとおり修正申告をなし税額を納付したが、同年一〇月一六日弁護士を通じて同税務署長に対し過誤納金還付請求書を提出した。

三ところで、前記借入金利子金四〇九万一五一四円は本件資産の取得費に当るべきものであるので、控訴人は右借入金利子を本件資産の購入価額に加算し取得費として当初確定申告したのであるが、修正申告、再修正申告(以下一括して「本件修正申告」という)では税務署の誤まつた指導で右借入金利子は取得費に加算されるべきものでないと錯誤し、これに基き修正申告したものであるから、本件修正申告は無効というべきであり、従つてこれに基いて納税した金一四一万八七〇〇円より還付金五万三八〇〇円を控除した残金一三六万四九〇〇円を不当利得として返還を求める、と主張するものである。

控訴人主張の借入金利子が仮りに所得税法三八条一項の本件資産の取得費に当るべきものであるならば、右は課税要件の根幹に関することがらであるのみならず前叙認定の如き申告の推移及び本件修正申告により納付した税額に対する更正の申立については、既に法定の申告期限から一年を経過しているために、右更正の申立はなし得ない事情にあることを勘案すると、控訴人の前記不当利得返還の主張は理由があると考えられる余地がある。

そこで、右借入金利子が譲渡所得に対する課税上資産の取得費に当るべきものかどうかについて検討する。

譲渡所得に対する課税は、資産の値上りにより、その資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものであり(最高裁判所裁判例集二九巻五号六四一頁昭和五〇年五月二七日判決)、所得税法三三条、三八条にいう取得費は当該資産の譲渡価額に対する譲渡時における原価に当るものであるから、まず当該資産の取得時における客観的相当な価額(具現的には通常右資産の取得価額及び右取得に直接必要とした費用)を基準とし、つぎに取得後譲渡時までに支出した改良費があるときは右金額を加算し、他方当該資産が償却資産である場合は使用ないし時日経過による減価分を控除する必要がある。

ところで、当該資産が借入金により取得された場合に右借入金に対する利子負担が所得税法三三条、三八条にいう取得費、即ち譲渡価額に対する原価に当らないものと解すべきことは、事業用資産の取得費につき規定した同法施行令一〇三条、一二六条にてらしても右のように解するのが適当であるばかりでなく、当該資産を手持資金により取得した場合においては、取得者は一方で右資産の運用により得べかりし経済上の予測利子相当額を失うわけであるが、この経済上の損失が譲渡所得の算出上取得費とされないことも、譲渡所得に対する課税が資産自体の値上りによる増加益に対する清算課税であつて、資産の値上りで取得時と譲渡時とにおける当該資産の客観的価額に変動を生じたことによる増加益を所得として捉えこれに担税力を認めた趣旨のものであることから理解できるところであつて、これと同様の理で、資産が借入金により取得された場合における借入金利子(この場合における相当額の利子金額も手持資金により取得した場合に取得者の失う右資金の運用による経済的予測利子相当額との間に看過できない程度の金額上の差はない)も取得費に当たらないと解するのが相当であるからである。

譲渡所得に対する課税と事業用資産の譲渡にかゝわる事業所得課税ないし法人税とは課税の目的、課税標準の計算方法(前者については特別控除・半額控除の特例があるなど)が異なるので、譲渡所得に対する課税上借入金利子が取得費とならないことが事業用資産の譲渡において借入金利子が事業所得の算出上必要経費となることと対比し実質上不合理であるとの主張は採用できない。

また、資産が借入金により取得された場合の借入金に対する利子と資産が手持資金により取得された場合の右資金の運用による経済上の予測利益の喪失とについて、前者だけを取得費に当ると解することは、譲渡所得に対する課税における前記の趣旨、目的にてらしても、資産の値上りによる増加益には両者において差はないと解すべきであるので、担税力相応負担の要請に公平に答えるものでないというべきである。

借入金利子と取得費との関係、取扱いに関する所得税基本通達三七―二七、三八―七、三八―八は課税行政上の便宜に基くものであり、これを根拠に借入金利子を取得費に当たると解することはできない。

更に、控訴人は、本件不動産を未使用のまま他に譲渡したのであるから、所得税法基本通達三八―八の「使用開始」がなく、借入金利子を取得費に算入すべきであつたのに右通達を正当に適用しない税務署の誤つた指導に基く本件修正申告は錯誤に基く無効のものである旨主張する。

しかしながら前記二1、2に認定の事実によると控訴人が本件不動産を未使用のまま他に譲渡したものとはいえず、右主張は前提を欠くので、借入金利子を取得費に算入する基準を使用開始の有無、時期にかからしめることの当否について深く論及するまでもなく、控訴人の主張は当たらないというべきである。

よつて右の点に関し本件修正申告に錯誤があるとはいえない以上、その余の点につき判断するまでもなく、控訴人の主張は理由がないこととなる。

四以上のとおりであつて、結局控訴人の請求は認容できないことに帰着するので、これと結論において同旨の原判決は結局相当であり、本件控訴は理由がないことになるから棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用し、主文のとおり判決する。

(山内茂克 三浦伊佐雄 松村恒)

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